第2話 ”自立した女性はΓ心」が豊かで”角々”してない!刺激を受けた出会い゛

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婚約破棄後は、とにかく身も心もクレンジングして ゛自立した女性゛を目指しました。

会社も女性の活躍に力を入れ始めていた事、キャリア志向の女性先輩が身近にいてくれた事もあり、仕事に熱中する日々が続きました。


バブル崩壊の影響で会社の方針が一転


ところが、世の中はバブル崩壊の影響をじわじわと受けはじめ、不景気路線へ突入。

新聞には「リストラ」「勝ち組か 負け組か」といった 会社生き残りの暗い記事ばかり。

務めていた会社では、幸いリストラはありませんでしたが、上層部の人事が一転しました。

「人を大事に」から

「社員は チェスの駒、兵隊」呼ばわりする雰囲気へ。。。

現場とは かなりかけ離れた存在の上役になってから 大々的に組織変更があり、一気に社員のタイプが二つに分かれ浮上しました。

「イエスマン」か 「ご意見申す」か?

同時に私の配属も変わり、キャリアはupしたものの 中間管理職の立場になり、辛い 腹立たしいストレスを抱えた日を過ごすことになりました。

「事件は現場で起こってるんだ」と言いたい社員も

その声を上司が受け止めてくれるかどうか?

もしくは上司が訴えられるかどうか?

残念ながら 私の上司は「イエスマン」でした。

毎晩のように 仕事帰りに 飲みに行って仲間と愚痴を吐き出す日々。

翌日 気を取り直して 皆で元気に明るく仕事をしていても

「笑ってると 気が緩んでるって思われるから 笑うな」

という事しか言えない気の小さい上司。その上司もまた 上役から罵声を浴びる日々。

「辞めたい。。。」

「転職」も考えました。でも 一人暮らしの現状では、給料面や転職しても また同じ境遇になるかもしれないと言う不安がついてまわりました。上司という存在がある以上。。。

会社自体は大好きでした。望んで入った会社でした。でも大企業にある派閥が上役の人事交代で一気に変わってしまったのです。

「このまま この会社で”自立した自分”を目指せるんだろうか?

将来の不安がまた押し寄せてきました。

片っ端から 自己啓発系の本や雑誌を読み、週末は ジムに行って汗を流し、友人と飲みに行っては語り明かし、自分の進むべき道を試行錯誤する日々。

すでに33歳を迎えていました。

その後、゛素敵な女性たちとの出会い゛が流れを変えるきっかけになっていったのです。


流れを変えてくれた”素敵な女性たち”との出会い


本当に自立した女性は、「心」が豊かです。角々ギスギスしていません。

それを教えてくれた出会いが私の流れを変えてくれました。

当時の私は、

「自立」⇒「バリバリ働く」⇒「男性と肩を並べて意見を言う」⇒「めげない女性」

と言うイメージでした。

そうする事で、自分を奮い立たせて゛将来への不安゛から逃れたかったんです。

当然、ストレスが溜まります。肩ひじ張って 無理して「キャリアウーマン」を目指していましたから。

その頃の私は、少しでもストレス解消に。。。と、マッサージや リフレクソロジー、アロマテラピーなど 癒しにつながる事を片っ端から試していました。

 


転機を迎えるきっかけ!ある女性店長とスタッフたちとの出会い。


ストレスで 肌荒れにも悩んでいたその頃、久しぶりに会った姉の素肌が見違えるほど綺麗になっているのを見た私。

私も行きたい!当時 私が住んでいた近郊のソニーラボラトリーズの支店を紹介してもらって「フェイシャルエステ」に通い始めました。

出迎えてくれたここの”女性店長”と ”エステティシャン”との出会いが 一つの転機でした。

決して 高ぶらず 清楚でいて オーナー自らがお手本を示す

゛吉永小百合゛さんと゛森光子゛さんを足して2で割った感じ。スタッフとも仲良くて 気分がいい。

そこは、本当にアットホームな雰囲気で かつ とても清潔感があり、居心地のよい美容室みたいでした。

心から楽しそうで生き生きとして、こっちまで 楽しい気分になってくるのです。

1週間たまったストレスを思う存分、浄化してもらっていました。

ここは、エステの後で その人にあったメイクもしてくれたので 何だか自分がとっても高貴に映って 気持ち晴れ晴れ!

「こんな風に 人を癒す事が出来る 仕事もあるんだ。。。」

と 少しだけ世界が広がった感覚でした。

何よりも”店長とスタッフの関係”がいい光景は、”上司と部下”のギスギスした関係にもがいていた私にとって何とも「羨ましい」ものでした。

それまでにも 広告を見て他のエステに通った事があったのですが、

Γ人を癒す」より「いかに他の商品を購入させるか」

に思きを置いていたように感じてました。毎回のように 何かにつけて商品購入を迫ってくるのが嫌で Γ何の為にここに来ているのか?」と不快に感じてました。

トップ方針がそうだったんですね。

ところが、ほぼ口コミ宣伝だけの ここのエステの店長は 全く違っていました。

大人の女性で とにかく聞き上手。肌のトラブルについても 自商品ばかりを勧めていた他のエステ会社と違って、根本にあるストレスを解消してあげたい!と言う姿勢でした。

その店長の落ち着きと 顧客に対する姿勢を見て働くスタッフも とても聞き上手。

勿論 エステ施中に 商品購入の説得に力を入れたりするような事は一切ありませんでした。


色に目覚める!スタッフの一言がきっかけで゛カラーコーディネーター資格取得


ある日、担当してくれたスタッフの女の子との会話です。

スタッフ「私、今日はどんな色の服を着てこられるかな?っていつも楽しみにしてるんですよ。」

私「えっ、何で?」

スタッフ「明るい色の服、着られますよね?元気をもらうんです。それで それにあったメイク、出来るように私も頑張ろうって!」

“こんなストレスが多い私でも 誰かに色で元気を与えられるのか!”

衝撃的でした。癒してもらいに行って 私も誰かの力になれるなんて。。。

小さいころから 「色」は好きでした。だからファッション系も大好き。ただ漠然と 好きだったけど、

「もっと”色”について知りたい。”色の力”について知りたい!」

と“色彩学”を学ぼうと調べているうちに“カラーコーディネーター資格”に辿り着きました。

「将来不安心からの脱却」「自立した自分」になる為にも

この1年、“自分の物になる事への挑戦”

と掲げて 会社勤めをしながら勉強しました。

゛色゛について学ぶことは 自分の好きな分野であり、かつ会社勤めから違う時間へスイッチできる 「癒しの空間」でもありました。

無事、1年後に資格を取得して久しぶりに達成感を得たのを覚えています。


女性企業家との出会い


その後、「色が人に与える効果」に興味をもち「色彩心理学」を学び始めているうちにイギリス生まれの“カラーセラピー”「オーラソーマ」に出会いました。

その頃、全身をほぐしてくれるアロマテラピーマッサージにも通っていて 待合室で見つけた本がきっかけでした。

美しい゛カラーボトル゛の写真に一目ぼれしたのです。

これは薬剤師ヴィッキー・ウォールによってイギリスで誕生したカラーケアシステム。

゛私が選ぶ色が私を語る゛

「自分の事は 自分が一番よく分かっている」つもりでも、いろんな状況や経験、世間体が ありのままの自分を隠していたり 見逃している事がありますよね。

私自身、色の勉強をして少しは理解していたつもりでも、゛自分の内面をみつめる自分の色は何色で 何を語っているのか?゛

即、カウンセリングを申し込みました。どのセラピストに受ける事になるか、この時点では分かりませんでした。

これが また一つ 輝く女性との出会いに繋がったのです。

ラッキーにも 日本にこのシステムを初めて導入した”野田幸子先生” 直々にリーディングをしてもらえたのです。

私が知るきっかけとなった、手に取った本の写真に載っていた先生!

゛華のある女性゛

゛凛としながらも可愛さがある゛

決してキャリアを鼻にかけたりしない。。。

この頃の女性キャリアウーマンの中には、

゛ツンとしている゛ ゛怖い表情゛゛上から目線゛

が多く存在していました。

例え 癒しの同じ業界の中でも 個性があるのは当然で、トップがキャリア志向型なら生徒もその方向へ。。。

このオーラソーマを率いているトップクラスの人たちの中で、私が初めて出会った人が”野田幸子先生”だったのは とても幸運な出会いでした。全く違った先生もいますから。

ワクワクしながら 私が選んだカラーボトルのリーディングを受けました。自分の内面に秘めた思いをどのように実際に行動に移しているか、何が壁になっているのかなど 過去、現在そして未来像まで映し出される体験は 何とも言えない癒しを超えた貴重な経験でした。

”色を通して 自分を素直にみつめる事が出来る!

この人のようなセラピストになってみたい。。。”

と、次なる目標は”セラピスト資格取得”へ。


”英語”が少しずつ生活の中に!


野田幸子先生は 勿論、その後の教えて下さった先生たちの多くは 英語が堪能でした。

もともとイギリスが発祥地なので、日本の初期の先生たちは 皆 現地まで出向いて、全て英語でのコースを受けていました。

おのずと 英語が出来る人たちが集まっていたのも納得です。

海外の先生たちのコースもあって、セラピストかつ通訳する女性たちもいました。

皆 生き生きとして 目が輝いていました。

゛英語が出来たら広がる世界゛

を身近に感じた時期でもありました。

又 受講生の中には、私と同じような会社員はじめ、”料理研究家”や”アーティスト”たちも多く 年齢や職業の違いを超えて 広い視野で物事を見る経験となりました。

セラピスト自体を目指す人もいれば、自身の持つ本業に活かす為だったり、このカラーケアシステムをもっと深く知りたいと思って受講している人など 目指す先はさまざまでしたが、゛色゛が与えてくれた可能性は 当時のストレスだらけだった私にとって とても大きな癒しとなりました。

「私が求めていた事は これかもしれない。」

会社での仕事は“販売促進”に携わっていたので プレゼンテーション資料、広告作成など 「カラーコーディネイト」の資格を活かしながらも 週末は「カラーセラピスト」を目指して勉強しました。

ワンステップごとに 資格のレベルアップをしながら、海外から訪問の先生のコースを受講したり、゛英語゛が少しだけ 生活に入ってくる事、約2年。

ついに 「運命の出会い」がやってきました。

 

 

 

 

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